2022/4/21 中々時間が取れなくて更新できない。申し訳ない。 最近何か新しいことを始めたいと思って色々調べてたら ドローンの操縦なんか面白そうだと思った。 今年国家資格ができるって話だしいいタイミングかもしれない。 「俺は、父さんのこと何も知らない。教えてよ」 ゲッツは、確かにボトムのことをよく知らない。 ゲッツが幼い頃、すでにボトムはこの世を去っていったからだ。 いつもぼんやりとしていた。 たくさんの本を読んでいた。 退屈そうだった。 時折悲しい顔をしていた。 時々、思い出したかのように構ってくれた。 それしか知らない。 「……」 「……俺は」 何のために生まれ、何のために生きる? 幼き頃、獣のような生活をしていたボトムが強烈に抱いた疑問。 生きるは死ぬの始まり。死ねば無になる。 それが、ボトムのたどり着いた命の結論。フィロソフィー。 生に意味はない。ないのだ。 しかし、だからと言って、ボトムは何もかもどうでもいいといったスタンスのニヒリストではなかった。 獣のように本能のまま、死ぬまで生きるのではない。 彼には理性があった。 滅びた国の、滅びた者たちがボトムに埋め込んだふたつの倫理。 義理と情け。 それらがボトムを、獣からヒトに変えたのだ。 そして世界に投げ出され、二本の足で歩き出す。 それは、答えの出ない懊悩の始まりだった。 人間はみな、自由の刑に処されているとサルトルは言った。 ボトムも受刑者の列に加わったのだ。 向かう先は無だ。 尊いものも、そうでないものもすべてがボトムをすり抜けていく。 自己疎外。夢の残がい。去人たち。 獣のままでいた方が、どれほど幸福だっただろうかと時折ボトムは思った。 この世は虚無だ。 だが、理力の斧は消えない。 同盟に対するヘドロのようにどす黒く粘ついた憎しみも。 「俺はな、俺は、どうしても許せなかったんだ」 真人間族なんとか同盟。 単一ホモス民族を標榜する、覇権国家群。 「同盟は、俺を裏切った。たったひとりの命を見逃す、その約束を破った」 「俺が死ぬのはいい。だが、奴らは」 ごくりとボトムは唾をのんで一呼吸置くと続けた。 「俺の象徴を奪った……」 「光だった。俺の……俺のこころの」 「あんな風に、死んでいい方ではない」 たとえ皆、行き着く先が死なのだとしても。 その終わり方には、人の格にふさわしいものが与えられるべきだ。 ボトムは口をへの字にして数秒、おこりにかかったように震えた。 突如として、怒りの発作に襲われたのだ。 目が真っ赤に充血し、理性が溶けていく。 二本の角がこめかみから隆起し、首の筋肉が異常に肥大した。 ボトムの全身から、どす黒い瘴気が立ちこめる。 ボトムからレギオンへ。 人から鬼へと変生していく。 ゲッツは下唇を噛んだ。 だが、鬼と化すのかといったところで不思議なオーラが ボトムを覆ったかと思うと、瘴気が霧散していく。 そのオーラは、葦の群生を連想させた。 角が引っ込み、膨張していた筋肉が縮む。 ボトムの目に理性が戻った。 「……リズミガンめ、味な真似を」 ボトムがひとりごちた。 重い溜息をつくと、淡々と語り始める。 「お前が生まれる前、俺は東域で軍閥を作り、亜人どもをけしかけて同盟と戦っていた」 「勝算はあった。東域は肥沃な大地が広がっていたからな。だが結局は間抜けの亜人ども……」 「いや、よそう……つまり、負けた。俺もふくらはぎに矢を受けてしまってな。そしてあの、辺鄙な村に流れて着いた」 「そこでは怒りと失望の毎日だった」 挫折と停滞と退屈。不機嫌なパートナー。 ボトムは努めてぼんやりとしていた。 そうでなければ気が狂ってしまいそうだったからだ。 「ある日、お前が生まれた」 ボトムは虚空を見つめている。 ゲッツは無言で話を聞いている。 「正直、お前が生まれた時、特に何にも思わなかった」 「いや……そうだな、本当に俺の子かと思ったっけ」 それを聞いてゲッツは少し悲しい気持ちになった。 だが、男とはそういうものだろうと思い直す。多分。 「お前は、こっちの気持ちに関係なくどんどん大きくなった」 「俺の後ろをいつもついてきてよ。ウザいくらいだったぜ。まあ、アレが母親だからな……」 「あいつのヒステリー、金切声は今でも思い出しては震える…」 「ははは……」 ボトムは苦笑した。 ゲッツも同じ表情で笑った。 その顔を見て、ああ親子なんだなとお互いに実感する。 血のつながりがあるのかは、わからない。 だが、間違いなく自分たちは親子なのだ。 二人ともしばらく言葉がなかった。 だが気まずさを感じるものではない。何とも言えない空気がある。 ボトムがゆっくりと口を開いた。 「俺には、夢があった」 「俺の才覚でこの地に善き王が統治する国をつくる」 「王とは遍くを照らす光」 「ならば王とは哲人でなくては務まらないのだ」 「だがこの地に哲人たる王は一人もいない皆くだらん野心と低俗さしか持ち合わせていない」 「俺は光を作りたかった」 「だが、やはり、人は光にはなれん、誰もがみな多かれ少なかれ獣の性を持つからな」 ボトムの言葉に熱が宿る。 舌が滑らかになり、次々と言葉が出てくる。 オタクが、自分の好きな分野の話になるととても早口になる現象に似ている。 というかそれだ。 「父さんの言う善き王ってどんな人?」 「よくぞ聞いてくれた」 「ずばり理想を持つ者だ」 「それが叶うかどうかはそれほど重要ではない、民に理想を抱かせる、光がさす方向へ間違いなく歩いていると確信させる」 「それこそが重要なのだ」 「…その善き王がアコード?そんなの認められない」 「……」 「彼には驚かされた、俺の死生観を揺るがした。死者の国、輪廻転生」 「……生なんて一度で十分だ。死ぬまで続く苦しみなんて何で何度も味わわなけりゃならん?」 「死は救いだなんて決して思わんが……少なくとも俺は彼の考えに少しだけ惹かれたよ」 「それに底知れぬ知性がある、少なくとも俺なんかよりずっと先進的な」 「それは……」 ゲッツはアコードが自分たちの文明よりもはるかに進んだ世界の住人だったことを知っている。 その文明の恩恵と、気が遠くなるほど過ぎていった歳月がある。 その圧倒的な知の蓄積は、何も知らないボトムの目を眩ませるには十分な光だったのだろう。 それを否定することはできない。 2022/5/18 シェンムーがアニメになってて笑った。 ドリキャスで出たの何十年前だろ、最高だよ。 第一章横須賀で大好きだったフォークリフトレースが見れなくて残念。 っていうかもう2の話の初っ端までやってた。 もっと早く気づいてればなあ。 見てて思ったんだけど 涼さんのジョイに対する塩対応がかなり緩和されてて時代を感じました。 あと話がさくさく進んで最高。 お使いとたらいまわしと金策と涼さんのオウム返しがないからテンポが抜群。 すごいノスタルジックな気持ちになるけど時代に迎合してる部分もあって。 令和最新版シェンムーって印象。 つまりシェンムー最高なんだって言いたかったんです。 「あの日、彼の勧誘に、俺は乗った。もう一度同盟と戦おうと思ったんだ」 「受けた義理を返す。そして……」 「不義理には血をもって償わせなければならない」 「……」 ボトムは己の手を見る。 理力が、40センチメートルほどの大きさの小ぶりな斧を形作る。 ボトムの投擲用の武器だ。 アックス兵士長が、ボトムに吹き込んだ情の力。 消えることのない物質。 ボトムの死生観を揺るがす二つ目の要素。 「……お前も、これが使えるんだよな」 「うん」 左手にミラージュソードを形作る。 マロウドの剣。 長さは68センチメートル、重さ2キログラム。 耐久性を上げるため厚めに作られた片手剣。 初老の傭兵、マロウドが死の間際に自分にくれたもので、ゲッツは幾度となくこの剣で窮地を切り抜けた。 魔将イアハとの戦いで折れてしまったのだが、こうして理力の力で寸分たがわないものを作り出せる。 「理力は、情念の力だって」 「……その力を」 「俺に貸してくれ。いや、貸せとは言わない。その力を俺達に振るうのをやめてくれるだけでいい」 「生きる苦しみをここで終わらせる。人には、光だけあればいい」 「きれいなものだけあれば……」 「俺はそのために鬼となった。その心意気を、どうか汲んじゃくれないか」 理力の斧。 アックスの手斧を眺めながら、ボトムは心情を吐露した。 復讐の達成と理想の実現。 それらは紛れもなくボトムの本音だった。 だからこそ、その言葉はゲッツに響いた。 ふたり、しばらく言葉はなかった。 ゲッツは視線をボトムから切ると、メメント・モリへ向ける。 つられてボトムもそちらを見た。 純白の城。 死の穢れの中にあって、なお白いアコードの本丸。 ゲッツは意を決して語りだした。 「この剣はマロウドって傭兵からもらったんだ」 ボトムはゲッツを見た。 ゲッツは、父と死別してからの己の半生を語りだす。 母の再婚、心理的虐待、ネグレクト。 辛い日々だったが、そこにはまだ雨風をしのげる屋根があり、命を繋げる食事があった。 人間としての生活があった。 それもアコードによって滅ぼされ、修羅の日々が始まる。 家族を見殺しにして生きながらえた命。 自分への失望。 それでもゲッツは運が良かった。 シリウスに助け出され、マロウドに拾われ、ステルメンに師事できた。 マロウドと、ステルメンと共に戦場を渡り歩いた。 何度も死にかけた。 大勢人を殺した。汚泥に塗れた。 心の中にいつも罪悪感があった。 醜い自分への失望があった。 ゲッツは淡々と話す。 ボトムは言葉もなく耳を傾けていた。 「星が好きなんだ。一等星が」 「きれいで、輝いていて、俺も……」 「…強くなりたかった。誰にも踏みつけられない強さが欲しかった」 「そうすれば、もう怖い夢を見ないで済む。自分を好きになれる……」 「こんな醜い自分でも誰かに必要とされるって、思ったんだ」 「……」 「最近俺は俺の正体を知った」 「それはとても、とてもがっかりすることだったけど、でもそれを認められた時」 「色々なことがすとんと腑に落ちたんだ」 「そうしたら今まで見えなかったものが見えてきた」 ゲッツの言っていることは、つまるところ 少年から大人への過渡期にあって誰もが経験するものだ。 理想の自分。 等身大の自分。 その落としこみの話だ。 「俺は、俺のままでいいって言ってくれる人がいる」 「こんな俺にも笑いかけてくれる、付き合ってくれる人たちがいる」 「その人達が好きだ。その人達と出会えたこの世界も」 「今なら半々、いや6対4くらいの割合で好きの気持ちが勝るかな……」 ゲッツの胸中を様々な人たちの死が流れていく。 その多くがヨモツイクサとの戦いで死んでいった者たちだ。 死に怯え、最後まで生にしがみついた人。 闘争心を燃え上がらせたまま戦って死んだ人。 そのすべての死に共通しているものがあった。 それは生へのぬぐい切れない執着だった。 望まぬままに生まれ、苦痛と隣り合わせの生を歩み、ついに死ぬ。 それでも最後の一瞬まで、多くの人は生きようともがく。 生きたくて生きたくてもがく。 そして死んでいった。 あの戦いの、指揮をとっていたのは、ボトムだ。 胸の中に渦巻く複雑な感情。 全てを水に流すことはできない。 だが、許すことはできる。 ゲッツの最大限の譲歩だ。 それはその日の体調や、天候なんかで変動する程度のお気持ちだ。 だが、重要なのは今この瞬間だ。 今この瞬間、ゲッツはボトムを許した。 明日以降はわからない。 ふとした拍子で、怒りが愛を上回るかもしれない。 明日は明日の風が吹く。 それが全てだ。 「今なら許すことができる……」 ボトムは喜色を浮かべ、しかしすぐにそれを霧散させた。 ゲッツの表情が、とてつもない決意にあふれていたからだ。 まだ、何かを言おうとしている。決定的な言葉を。 ボトムはその言葉が自分の望まないものだと察しながらもその瞬間を待った。 「そのうえで俺は……今を生きる全ての命のために戦う」 「……」 それはゲッツが父に告げる別れの言葉だった。 そして世界に向けて宣言する世界律だった。 ゲッツの中で何かのタガが外れる。何か巨大な歯車が、軋みを上げて動き出すような音をゲッツは聴いた。 それはアンロックがかかっていたゲッツの悟り、それが解除される音だ。 ゲッツの内から言葉が次々と湧いて出てくる。 「命は生まれ、死んでいく」 「それは、行く川のように絶えず流れていく」 「時もまた同じく流れゆくものならば「今」とは、永遠に続く「一瞬」の連続だ」 「命に与えられた時は、常に今しかない。過去はすでになく、未来は未だ存在しないから」 「死ぬまで続く一瞬の連続をどう生きるか」 「それが生者に与えられた宿命なんだ」 フォースが、理力が、神の器を中心にゲッツの裡を循環していく。 こころの変容が、肉体をも変える。 1800フォース。 ゲッツが世界に与える影響力を数値化したもの。それが指数関数的に膨れ上がっていくにつれ ゲッツから放たれる、ある種の引力も爆発的に膨れ上がった。 だがそれもやがてある一点を超えると、何もないかのように穏やかになる。その落差でボトムはたたらを踏むほどだった。 束の間、静寂が満ちる。 (熱は冷め秩序は混沌に還り愛は憎しみに変わってゆく) (全て生命は死へ向かって生きる。現世とはまこと苦界よ) (それでも我々のゴールは涅槃ではない) (王道楽土は現世に創造してこそ) (それは生きて勝ち取るものだ) 十万億土を旅する中、ガリの語った言葉がゲッツのこころにリフレインする。 (俺もそう思う。今が苦しいなら、今、ここで、報われないとなんか違うよな……) ゲッツにとって来世利益は趣味ではない。 今だ。 肝心なのはいつだって今なのだ。 (過去は巻き戻り永遠の今が繰り返される世界) (魂の循環などまだるっこしい、今だ!) (この瞬間に私たちは救われたいんだ!) (繰り返される今は取り返しのつかない罪や過ちを消し去る、時の循環は最大多数の最大幸福をもたらす!) (穢れのない新世界こそが私の望み!) 終わった世界で、ファイナルフォースとなったアコードが龍に叫んだ言葉。 忌々しいが、奴の言葉にもうなずけるところはあるとゲッツは思った。 馬鹿でも狂人でも痴人でも、真実を話すことはできる。 アコードもゲッツもその思想に共通の部分はある。 それはこうだ。 「願わくばその一瞬が、誰にとっても最良のものとなりますように」 アコードはその一瞬を永遠に留めようと思った。 だが、ゲッツの趣味ではない。 生まれて死ぬことが定められた生をどう生きるか。 時は矢のように過ぎ去り無常でないものなどない。 誰もが定められた何かを背負い、それを降ろすことは死ぬまでできない。 宿命だ。 この命に課せられた命題を解決しなくてはならないと、ゲッツは思う。 それは、死者にはできないことだ。 (宿命からは誰も逃れることはできない) (それは定められたことだから) (でも運命は変えることができる) (宿命をどう解決するか、その道筋をあなたたちは決められる) 宿命を変えることはできない。 だが運命は変えることができる。 フェアリーの言葉がゲッツの悟りを後押しする。 「今の一瞬を、過去も未来も抱き込んだ永遠として生きる……」 2022/5/24 前回の部分ちょっと肉付けしました。 涅槃に到達した時の記憶が蘇る。 その瞬間、ゲッツの中で新世界の構想が結実した。 体内にある神の器が脈動する。 ついに掌握したのを感じる。無限の力。 ゲッツは立ち上がった。 「そこに死者が入り込む余地はない」 「さよなら父さん」 ゲッツの体から青い清浄な気流が吹きあがる。 気流が、死の汚泥で造られた己の体を煤に戻そうとするのをボトムはぼんやりと見ていた。 体を覆うように、葦の群生がボトムを包み込むが、それすらも黒い煤へと変えていく。 リズミガンが己が己でいられる最期の時をレギオン親子の仲を取り持つことに決め、全ての力を使ってレギオンの鬼化を 遅らせていたのだがその努力も今、ゲッツを中心に巻き起こる気流により霧散していく。 ボトムは目をつむった。 脳裏に自分の後ろをついて歩く小さなルコンの姿が浮かんで消えた。 過ぎていった時の大きさと断絶を思う。 (それは行く川のように絶えず流れていく、か) ボトムは立ち上がった。 ゲッツと少し距離を取る。既に鬼化が始まっていた。 リズミガンの加護はもうない。一足先に常夜の王の元へと行ったのだろう。 自分もまもなく。 このまま風に撒かれる遺灰のように消えて行っても良かったのだが。 座して消滅を待つよりは、最後の瞬間まで戦ってみるかと何となく思ったのだ。 それはいつもは働かないボトムの直感だった。 (それに彼には義理がある。最後まであがいてみるさ……) (……) (アックス様も、あの時こんな気持ちだったんだろうか……) ルコンの答えに、自分も何か応えなければならない。 自我のない鬼と化す前に。 (親の意地ってやつかもな) 降ってわいたその考えは、ボトムを少し慌てさせた。 愛などないと思っていた。 ルコンと再会した時も、いい駒になりそうだとそう考えたものだが。 (理力は、情念の力だって……) (斧への愛を昇華させろ……) 或いは。 ボトムは思った。 (或いは、俺は情を持っていたのかもしれん) (獣ではなく……) (もう…過ぎちまったことだが) あの夜、アコードの手を取った時、家族の真似事は終わったのだ。 ボトムは理力の斧を顕現させた。 アコードから与えられた地獄の炎の権能ではない。彼がアックスから受け継いだ理力の斧。 それを宝物のように掲げると大音声で叫んだ。 「俺はレギオン。万軍を操る将だ」 直後、地鳴りが起こった。 待機していたヨモツイクサ達が波濤の如くゲッツへ押し寄せたのだ。 その数は万を軽く超えている。 レギオンが最後に頼ったもの、それは己の武ではなく数の暴力だった。 ゲッツは理力の剣を二振り顕現させる。 「疾風剣……」 青い気流が右手の剣に宿る。 「雷迅剣……」 紫電が左手の剣を走った。 直後、レギオンとゲッツは黒い津波に呑まれる。津波は彼らを呑み込み、なお流れていく。 その波間から白光が漏れる。 次いで破裂音。 指向性高エネルギープラズマの風が一瞬でヨモツイクサの群れを吹き抜けた。 強烈なオゾン臭。一瞬の静寂の後、さらさらとヨモツイクサたちが煤に還る音が空間を満たす。 ゲッツの最大火力の技、飛燕剣。 その剣風が、一瞬にしてヨモツイクサを群れごと真っ二つにしたのだ。 あれほどいたヨモツイクサはこの一撃をもってすべて無へ還った。 レギオンを除いて。 レギオンが駆けてくる。 まもなく一足一刀の間合いだ。 次の一瞬で全てが決まる。 永遠にも思える一瞬。 理力と理力がぶつかり合い、斧が地に落ちた。 さらさらと、黒い煤と化していくレギオンの体。 倒れそうになるレギオンにゲッツは駆け寄ると両手で抱きかかえた。 「……父さん、ボトム父さん」 「何で、どうして途中で手を止めたの?」 レギオンは、不思議と穏やかな気持ちでその問いに答えた。 「……手が震えてな」 唐突にアックスの最期がフラッシュバックし、自分が彼と同じ事を言っていることに気づく。 レギオンは思わず笑った。 困惑するゲッツを見てさらに笑いの発作に襲われたが、残された時間を考えて無理矢理切り上げた。 伝えなければならないことがあった。 「ルコンという名前は、俺がつけたんだ……」 ゲッツの抱きしめる力が強くなる。 「俺の国の言葉で、蒼天という意味だ。蒼天のように澄んだ心で、まわりを照らす光になれればいいなと」 そう思ってつけたと言って、レギオンは力なく笑った。 「さっき言ったこと、取り消す……」 ルコンが怪訝な顔をする。何のことを言っているのかわからないのだ。 レギオンはそれでもいいと、むしろそれでいいと思った。それを告げるのはこっぱずかしいのだ。 「どうやら何の情もない人間ではないらしい」 ルコンは苦笑して言った。 「知ってるよ」 そうかいと呟くと、口から大量の煤を吐きだした。 「死ねば無になる……だからこそ生きて何かを為すことは尊い」 「死者がそれを為そうなどと……らしくなかったな」 「父さん……」 「だが、悪くなかったぜ……あの日の、夢の続きを見れたんだからな」 「大勢の人間を死なせて見る夢なんてろくなもんじゃないよ」 「ふふふ……俺はそうは思わん」 「そんな大したもんじゃない……命なんて」 レギオンの脳裏を、幼いころさまよい歩いた荒涼な大地がちらついた。 なぜか郷愁を覚えるその光景とともにレギオンの意識は薄れていく。 「風に吹かれる塵のようなもの……」 「だからこそ……」 その言葉を最後に、レギオンは風化して消えた。 ルコンの腕は空を抱いている。 足元には理力の斧がぽつんと落ちている。 「さよならレギオン」 ヨモツイクサの蠢く音ももう聞こえない。 耳が痛くなるほどの静寂に、ルコンの別れを告げる声だけが響いた。 「時は来たれり」 気が付くと目の前にトゥルーマンがいた。 トゥルーマン。 メッセンジャーと呼ばれるガス状の生命体。 神に最も近い生命体でありながら、オーヴァーマインドから最も遠いところにいる種族。 その生命体の中でも最も古く、最も力ある個体が彼だ。 46億年前からガリと共に行動してきた。何のために? 「わしは、この日を待っていた。ファイナルフォースの覚醒。その力の発露を」 「じいさん……ボロボロじゃないか」 ルコンはトゥルーマンをまじまじと見た。 ガス状の体は、向こう側が透けて見えるほど密度が薄まり、全身から死の兆しを発している。 そんな状態でもトゥルーマンはにやりと笑った。 「白痴女を退治しておった。その代償よ」 「白痴女?」 「水の巫女と呼ばれていた気狂いだ。世界を歪めてまで、入れあげていたある男を神の座に引き上げようとした」 「……」 トゥルーマンは過去形で水の巫女について語った。 つまり、そういうことなのだろう。 「一度すべてが終わって、でも世界は巻き戻った。あれはじいさんが?」 「わしの力ではない。あの魔法は水の巫女とアコードにしか使えん」 「だが、そうなるように場をコントロールし、誘導はした」 トゥルーマンは満足げにルコンを見た。 「ここにきて流れは理想的だ。ガリは残念だったが……」 黙とうするかのようにしばらく目を瞑るとトゥルーマンはため息とともに言葉を紡いだ。 「思えば、あやつは過去に引っ張られ過ぎていた。神にはふさわしくなかったのかもしれん」 「……」 「世界を変えるのは、いつだって「今」なのだから」 「お前のマニフェストの草案を陰で聞いておったよ。そして大体の概要もつかめた。悪くない、わしはお前を支持する」 ルコンの胸の内にある新世界の構想。 それをあの少しの独白だけで読み取ったのなら、やはりトゥルーマンは最も全能に近い生命体なのだろう。 ルコンが畏敬に近い念を覚えた時、何かが後方から駆け寄ってくる気配を感じ、振り返った。 そこには、見知ったマジナ人の姿があった。 「悪い、遅れた」 「ジョンさん!」 2022/6/1 仕事で一か月くらい更新できなくなります。 中途半端なところで切ってごめんなさい。 二人はお互いの無事を確認し、笑いあった。 「あやうく味方に斬られるところだったぜ」 ジョンがルコンの飛燕剣を揶揄する。 ルコンがあっという顔をする。ヨモツイクサに向けて放った剣風、それが後方に置いてきたジョンに当たる可能性を まったく、想像すらしていなかったのだ。 奇妙なことに、あの時はそうするべきだとルコンの直感がささやいたのだった。 「スワセン!」 だがそれはそれ。ジョンの命を危険に晒す行為だったのは間違いない。 判例によれば未必の故意が成立してしまう条件である。 これには腰を90度曲げての平謝りしかなかった。 「冗談だ」 ジョンは肩をすくめて苦笑する。 被害届を出すつもりはないらしい。示談成立である。ルコンがほっと胸をなでおろした時、ジョンがクリムトとドスがいないことに気づいた。 怪訝そうな顔をしながらルコンに問いかける。 「二人はどうした?」 「先に行った。俺はここに残って火の魔将と戦って……」 ルコンはその先の言葉を呑み込む。ジョンも空気を察してそれ以上は踏み込んでこなかった。 「そうか。なら急いで二人を追うか」 そう言ってルコンから視線を外すと、トゥルーマンを見た。 「美食の壁で見た顔だな。……ここにいるということは只者じゃないんだろう」 「俺はジョン。剣士で、こいつの連れだ。あんたは?」 ジョンが誰何するとトゥルーマンはしばらくじっとジョンを見つめて、口を開いた。 「トゥルーマンという。わしが何者か……誤解を恐れず言うなら、お前達ヒトの上位モデルだ」 「この単純な物質世界での、という但し書きが付くがな。わしの種族は物質面で大いに進化を遂げた……最もこの環境に適応した生命体だ」 トゥルーマンは、聞き様によっては傲慢なセリフを驕り昂ぶることなく、それが単なる事実の列挙であるように淡々と語った。 事実それだけの差があるのだろう。言葉には、それを納得させるだけの力があった。 閃熱の巨龍、アコード、ガリにも匹敵する強大な引力を感じさせた。 「その上位モデルが、なんの用でこんなところまで?」 ジョンがさらに問いかける。 「それを語るには、簡単な我々の来歴を知る必要がある。何、長い話ではない」 それはひとつの生命体の発生から現在に至るまでの要旨だった。 長いので巻いて伝える。 「原初宇宙のかたすみで発生した我々は、長い年月をかけてひとつの文明を作りあげた」 「そしていくつもの銀河を渡り、いくつものブレイクスルーを経て、ついには神と呼ばれるものにも匹敵する力を手にした」 「ファイナルフォースとて、我らの脅威足りえなかったよ」 「その時々の事情に応じて我々は神と呼ばれる域に至ったものたちの治世を補助し、或いは滅ぼした」 そこまでが黄金期であったとトゥルーマンは淡々と、だが失望をにじませながら語った。 「ある時を境に若い個体が発生しなくなった。病も飢えも老いも克服した我々がゆっくりと、だが確実に数を減らしていく」 それは死を超克しつつあった命に、あらかじめプログラムされていた死。 アポトーシス作用によるものではないかとトゥルーマンは推測した。 「滅びるわけにはいかん。まだこの世の謎を解き明かしてはいないのだから」 人が今よりも無知だった頃、あらゆる自然現象を説明する概念として「神」を作った。 なぜ雷は発生するのか。 それは天空を支配する最強の神トールのせいである。 雷鳴はトールの乗った戦車が天空を駆け巡る音、雷はミョルニルを投げつけた閃光だ。 それらはやがてまとめられ、神話となり、人々は神の物語を語り継ぐ。 世界の謎を矛盾なく説明するためのツールとして。 だが神話の時代も長くは続かない。 哲学者たちが自然を解明していき、神話を解体していったからだ。 雷とは、発達した雲の中で氷の粒がこすれあって静電気が起こり雲の上と下で電荷が偏ることで この偏った電荷を中和するため、地面にむかって放電する現象だ。(wikipediaとか参照) そこにトールはもはや存在しえない。 こうした積み重ねを、トゥルーマンたちはヒトが発生する遥か昔から続け、あらゆる謎を解明してきた。 そうして最後に残った謎。 「我々はどこからきてどこへいくのか」 その謎を解き明かすことが、彼らに課せられた命題となった。 「宇宙は膨張を続けている。ブリンダーの木の根幹は際限なく伸びていく。それは永遠であろうか」 「故郷はすでに遠い。最果てから最果てへ我々の旅は続く」 「だが、行き詰ってしまった」 「我々の内ただの一人も涅槃にたどり着いた者はなく、ただの一度も神の器を宿したことがない」 トゥルーマンの表情は、まるで能面のように感情が読めない。 だがその声音にはっきりと失望や焦り、嫉妬のような感情がありありと宿っていた。 「お前たちが涅槃と呼ぶ場所。おそらくは集合知の堆積場。グレートハイブ。我々はその影を追ってきた……」 「だがこのままでは駄目だ。使い走りで終わっては……そこへのアクセス権を手に入れる必要がある。何としても」 「そこに我が種族が内包する致命的欠陥を解決する道があるとわしは考えている」 「外ではない。内なる宇宙(ミクロコスモス)を探究することが重要なのだと強く感じている」 「これはそのアプローチの一環だ。お前たちに協力することで得られる利益。情緒的な感情の獲得……」 「話は以上だ」 トゥルーマンは語るべきは語ったという態度で黙り込んだ。 その様子をジョンはじっと見つめていたが、やがて肩を竦めるとその警戒を解いた。 「俺にはあんたの話の半分も理解できない」 「だがひとまず信じるとしよう。……どうも常夜の王が動き出しそうな気配を感じる」 ジョンのフォースを感知する生体センサーが、常夜の王の蠢動を捉えた。 3人はメメント・モリを見る。 白鷺のような城から、不気味な、怖気の走るプレッシャーが漏れ出ている。 そのプレッシャーは今この瞬間も増していくようにルコンには感じられた。 「常夜の国を守る4人の魔将がすべて消えたことで、何らかのスイッチが入ったのだろう」 トゥルーマンが訳知り顔で語る。 火の魔将レギオン。 風の魔将イアハ。 土の魔将リズミガン。 水の魔将≠常夜の王の分身。 常夜の王は王と3人の魔将の魂の集合体だ。 王を守るべく地上で活動する3体の鬼が同時に消えると、その危機によってメメント・モリで微睡む本体が目覚める。 死のイデアたる常夜の王が、美食の壁を越えて地上に出た時世界は終わりを告げる。 この戦国世界のルールのひとつだ。 「急ごう」 3人は駆けだした。先行したドスとクリムトは無事だろうか。 ルコンの胸中を様々な憶測や思いが駆け巡るが、不思議と落ち着いていた。 心に風が吹いていた。それは身を切るように冷たく、それでいてどこか清々しさを覚える。 結局なるようにしかならないのだという大いなる諦観がそこにはあった。