2022/8/12 挿絵かなんか描いてみようかと思って久々にペンを取ったら 全然描けなくなってて笑った。半年以上描いてないとこうなるんだ。 ルコンの明確で、決定的な拒絶。 それを受けてアコードは微動だにせず黙り込んだ。 かつて滅びた世界で、拒絶されたアコードは反射的にルコンを殺めた。その記憶がルコンには残っている。 無限のフォースで一瞬にして灼かれた感覚。ルコンは油断なくアコードを、常夜の王の不気味なシルエットを見据える。 遠山の目付だ。常夜の王に付属する4体の意思なき巨人たちも相変わらず微動だにしない。 「クリムトはいないのか?」 ジョンが肉眼で、フォースで油断なく周囲を睥睨しながらドスに囁いた。 ジョンの生体センサーにも、クリムトはひっかからない。どこにもいないのだ。 どくんとルコンの心臓がはねた。クリムトがいない事実に、ずいぶん前からルコンも気づいていた。 最悪の予想が胸を去来する。努めて意識を常夜の王に向ける。ドスは頭を振った。死せる水の水滴が四方に飛び散る。 「気づいたら俺一人だった。きっと別の空間にいるんだ。上で俺がやられたような」 ドスの言葉に、ルコンは重いため息をついた。最悪よりはマシな展開だと。いや、むしろ良かったかもしれないとルコンは思った。 クリムトの戦闘力は、この集団では4番目で、他を圧倒するような異能力もない。ハッキリいってこの闘いにはついていけない……。 どこにいるかはわからないが、ここにいるよりは安全かもしれない。ルコンはひとまずクリムトに対する心配を打ち切った。 「ところで、そこのうすぼんやりしたのは何だ?」 ドスはトゥルーマンを見て怪訝そうな顔をしている。無理もない。無貌の半人半馬。どう見ても敵のシルエットだ。しかも半透明。 ゲームなら絶対ゴーストかアンデッド属性だ。 「新しい仲間だ。今は弱ってるけど、それでも相当強い」 「トゥルーマンという。付き合いが短くなるか長くなるかは知らんがよろしく頼む」 「ドスだ。よろしくな」 そうこうしている間も、常夜の王は動かない。もしかすると、ルコンに拒絶されたショックで死んだのかもしれない。 言い過ぎたかなとルコンは思った。奴にも同情できる部分はある。ルコンは少しだけアコードを哀れに思った。だからだろう。 ついアコードに呼びかける。先ほどよりも幾分優しく。だが、きっぱりと。 「なあ、お前の世界律は破綻してるんだよ。ここは、お前の創ろうとする新世界の縮図だと思わないか」 「還元のない世界は澱む。ここのように。意思ある者はお前ひとりじゃないか。暗黒の世界にお前ひとりだ」 「それは、お前の望みじゃないだろう。いつか、中隊にいる時に語っていた死後の世界の話」 「ここは、それには程遠いよ」 死せる者たちが夕暮れに集う、喜びに満ち足りた世界。 ここにあるのは黒一色。死そのものだ。穏やかで、安息に満ち溢れているがそれは常世の特性によるものだ。 常夜の国は死の汚泥をこねて作った偽りの理想郷。偽りは必ず暴かれ、破綻する。 アコードの新世界は、ブリンダーの木の根のひとつを腐り落とすだけだとルコンは確信している。 「何か言ってくれ、アコード」 常夜の王の本体が震える。はじめは僅かに、徐々に震えは大きくなっていく。 ルコン達は油断なく身構えている。祈るような気持ちでルコンはアコードの言葉を待った。 反論でも自分に対する恨み言だっていい。何か、少しでもアコードの本心に触れて、納得したいという気持ちがあった。 このまま戦って終わりだなんて。アコードと共有したきれいな思い出が、今もルコンの胸にある。 狂人のまま葬りたくないという、ルコンのわずかに残されたアコードへの友情。 その残滓がルコンを突き動かしていた。 アコードは答えなかった。 そして常夜の王が殺意をもって動き出す。戦いだ。強いものが弱いものを下し全てを手にする。結局そこに行きつくのだ。 死せる水の弾幕は風の膜を何とか展開して防ぐ。 ピッコロの腕のように伸ばされた赤子の手をミラージュソードを叩きつけていなす。 まき散らされた腐食性のガスは清浄な風を巻き起こして散らした。 「アコードォォオ!」 ルコンは叫んだ。 「終わりにしよう。俺とお前の因縁を、ここで断つ!」 常夜の王が声なき声をあげた。 巨人たちが有機的に連携して動き出す。すでにドスが、ジョンが、トゥルーマンが先んじて動いている。 ドスがガイアソードを伸張させて大戦斧を次々と叩き落とす。トゥルーマンは中空を駆けて女巨人をけん制しはじめた。ジョンは赤く輝く剣を持つ巨人に 牽制の疾風剣を放っている。総力戦だ。ドスが次々と飛来する大戦斧を叩き落としながら叫ぶ。 「常夜の王の中に無数の魂が渦巻いてる!奴の力の根源はそれだ!」 ジョンが赤い剣閃をなんとか斬り流しながら頷いた。 「この世界で死んだ人間の魂をすべて食ったんだ。とてつもない力を感じる」 その力は無限のフォースにも匹敵するかもしれない。アコードは、常夜の王はまぎれもなく神域に到達した超越者なのだ。 その時、赤く輝く剣を持つ巨人。面倒だからもうイアハと呼ぶ。イアハの剣が紫電を纏った。ジョンが叫んだ。 「大技が来るぞっ!」 4人に向けられ続けている水弾の弾幕を、ルコンが風の膜を展開して防いでいる。それ以上の動きが取れない。 ドスもジョンも、ひげ面の巨人。面倒だからもうレギオンと呼ぶ。レギオンの投擲する大戦斧を叩き落とすので精いっぱいだ。 トゥルーマンは女巨人。面倒だからもうリズミガンと呼ぶ。リズミガンの魔道を潰すことに苦心している。 その時、イアハが片刃剣を左腰に巻き込むように戻した。左手の親指と人差し指で刃の突端をギュムっと掴む。左手から風の波動が漏れている。 ルコンは戦慄を覚えた。左手を鞘に見立てて飛燕剣を放つつもりだ。 全てを切り裂く高エネルギープラズマの風が来る。 放たれた瞬間勝負が決まってしまう。 ルコンは体感速度を歪めて回避策を探す。怒涛の勢いで放たれる水弾を風の膜で防ぎながら飛燕剣をいなす方法。 (風の膜を剥がして自分を自由に、ドスのガイアソードを最大化させて防壁に、女巨人からトゥルーマンを剥がして…) 間延びした時間の中でいくつもの道筋が演算されるが芳しくはない。不可避の死に全身が総毛だつ中不意に頭の中に声が響いた。 (オーバーボディをこの場で生み出せ) この声はトゥルーマンだ。オーバーボディ。神のアバター。アコードのイデア体。ガリの稲妻の巨人のような概念上の肉体だ。 それを即興で生み出せと言うのだ。だが、ルコンはもうそれしか道がないと理解した。 オーバーボディで受ける。それが唯一の正解だと本能が告げている。 「天の光はすべて星……」※ 間延びした時の中で、間延びした声が響いている。 それは詩だった。 ガリが生涯をかけてつくりあげたアバターを召還する詩。 その詩を詠むことに意味はない。これは、ただただ自分の意気を上げるための作業だ。 オーバーボディを生み出す際の、自分をその気にさせるためのルーティンだ。 「今まで私は見てきた。人々の信じられそうもない夢が皆の胸に降りてくるところを」※ 「天空の門に踊る雷光と雷鳴。天翔ける星から立ち昇る火柱」※ 「虚構が夢ならば」 「現実は幻にすぎない」※ 「すべての夢の追憶は雨中の涙滴の如く時の流れに消えていく」※ 前半のガリの詩を、あの時ルコンは即興でかえした。 それは、ガリを諫めるかえしうただった。 波濤のように押し寄せる激情も、いつかは時が押し流してしまう。 常ならぬものなどないとルコンは詩に思いを乗せたのだ。 ガリの夢の終わり。そこから言葉を続けていく。 「無常の風は時を選ばず。されど風よ吹け。雲を流し花を散らせ」 「風雲蒼天を駆けて駆け、駆け抜けよう」※ 「ゆずり葉は新たな大地を象る」 「いつもいつも新しいいのちを生きよう」※ 「いま始まる新しいいま」※ 2022/8/22 EVE rebirth terror今さらながらプレイしました。 大昔にburst errorやっておしっこ漏らすぐらい感動してその勢いでThe lost oneやってなんかよくわからんけどイルカってすごいんだな 全滅エンドってのも斬新だなあってある意味感動してその後出たADAMやってなんだこりゃってなってZEROとかやってうーんってなったあたりで EVEを卒業しちゃったんだけどスイッチで出たリバースやってついに正統派の続編が出たなって感じた。 よくバーストエラーはバーステラーのアナグラムだって言われてたけどそれに被せるタイトル付けは憎い演出。 バーストエラーに比べると物語のスケールは小さいけどこの感じは紛れもなくEVEだわ。 時代設定は90年代に固定してるみたいでスマホどころか携帯電話もなくて時代を感じました。 みんな大好き東海道新幹線さんもかまいたちの夜のシルエットみたいな幽霊姿でちょっとだけ登場するよ。 さらに続編のghost enemiesも買ったから楽しみだ。 DESIREのリマスター版もついてるって話だけどこれなあ。 大昔に遊んでショックのあまり学校を3日休んだトラウマゲーだわ。 アルバートが好きだったんだけどいまいち頼れんのよなあ。 青い気流がルコンを中心に巻き起こり突風は竜巻となってやがてヒトを象った。 オーバーボディ。さしずめ風の巨人と言ったところだ。 飛燕剣が放たれるのと、青嵐の巨腕が前方に突き出されるのは同時だった。 必殺剣が巨人の右腕からまとわりつくようにして全身を駆け巡りずたずたに切り裂いた。 (痛ってええええええええ!) この概念上の体にはご丁寧にも疑似神経が通っており、四肢が切り裂かれていく痛みや感覚をダイレクトに伝えてくれる。 飛燕の翼が巨人を切り刻んでいく。 巨人はこのまま散り散りになって空に溶けていくように思われたが、胸の中心から旋風が次々と巻き起こり巨人を再生させていく。 やがて巨人が飛燕を捉えてなんとか呑み込む。辛うじて巨人が勝った。間を置かず、風の巨人は右肩を前に突き出して地を這うように恐るべき速度で駆け始めた。 傷害被疑事件の被疑者になりかねない、スポーツマンシップのかけらもない悪質なタックル。 天地崩壊級のエネルギーを秘めた日大直伝の殺人タックルだ。 躱そうと、四肢に力を漲らせた常夜の王だったが、突如として崩れ落ちた。ジョンが、ドスがそれぞれ右手足に斬りつけている。 ???「やれぇ!」 ルコン(はい……) 銀河系すべてが吹きとぶほどのエネルギーを秘めたタックルが常夜の王に突き刺さった。 内側からめくれ上がるように何かが吹き飛ぶ。かと思えば次の瞬間常夜の王が何事もなかったかのようにそこに立っている。 (なにっ!?) 逆に常夜の王のタックルを受け、巨人はたたらを踏んだ。その隙を逃さず、イアハの斬撃が、リズミガンの魔道が巨人を襲う。 慌ててドスがフォローに入った。 「巻き戻った……。いや、違うなこれは」 トゥルーマンが先ほどの現象を分析する。解答を出す前にジョンがそのからくりに気づいて戦慄する。 おののきながらも知りえた事実を口にした。 「渦巻く魂の数が、こころなしか減っている。取り込んだ魂を使ってダメージをなかったことにしたんだ」 ここにきて恐ろしい新事実が判明した。 常夜の王には残機がある。それも、取り込んだ魂の数だけ。ジョンの、ガイアソードを通したドスの目には渦巻く無数の魂が見えた。 「なるほど。これがアコードのファイナルフォース対策というわけだ」 相変わらずの訳知り顔でトゥルーマンが言葉を引き継ぐ。 「無限のフォースには無数のソウルで対抗するということらしい」 発覚した事実に戦慄する面々をしり目にルコンが意気を上げた。 (大丈夫だ問題ない。俺はこころの世界でガリと720時間くらい戦ったことがある) 「冗談じゃねえ時短してくれ」 ドスが真顔で呟いた。 「ワークライフバランスが崩壊するぞ……」 終わりの見えない戦いが始まる。 クリムトは場面が切り替わったのを感じた。 三階建ての、口の字をした白い建物。その口の字の内側、100メートル四方の中庭にクリムトは立っている。 周囲を幼子たちが駆けまわって遊んでいる。不思議なことに、誰もクリムトには目もくれない。クリムトもそれを当然のように思った。 何かに導かれていると感じていた。何か、とても重要なこと、使命と言ってもいいかもしれない。それが自分に課せられていると感じていた。 視線を巡らす。シンメトリーに配置されたベンチ。芝が敷き詰められた地面。かすかに水の流れる音が聞こえる。 クリムトは音の方を見る。小川とも呼べぬ人工の水道が中庭の隅にあった。 水道の先にはささやかな、本当にささやかな人工池がある。池の周りは木陰になっており、どこか陰気な雰囲気があった。 当然のように、そこにアコードはいた。先ほど会った時より成長している。10歳くらいだろうか。 芝生に座り込んで、手のひらサイズの不思議な質感の板切れを手に持ち、しげしげと眺めている。 「チャオ」 クリムトがアコードに声を掛ける。アコードは板切れから目を離すとクリムトを見た。そうして言った。 「クリムト……」 「元気にしてたかな?」 アコードはその問いに応えなかった。碧玉のような目を見開いてクリムトを見る。ため息をつきながら 「先生が言ってたよ。クリムトは私ぐらいの年の子が見る幻覚。イマジナリーフレンドだって」 「僕はここにいる」 「それを確かめる方法は簡単だ。誰か人を呼んで、こう言えばいいんだ」 「やあちょっといいかな。つかぬことを聞くけど、ここに、黒いエナメル質のレザーシャツに短パンを履いた男がいるかい?」 アコードはまたため息をついた。 「私にはできない。正気を疑われかねないからね」 その時、ゴムボールがひとつこちらに転がってきた。遠くでボールを使って遊んでいた集団から 幼子がひとりボールを回収するために派遣されてくる。アコードはむっつりと黙り込んで、足元を見つめていた。 幼子はボールを回収する。つとアコードの方を見た。アコードはむっつりと黙り込んでいた。幼子はそのまま集団に回帰していく。 それだけが、人を呼べない理由ではないのだろうとクリムトは思った。 アコードは、ぼっちだ。 それは疑いようのない事実だった。辛い、いたたまれない沈黙の時間が後に残された。クリムトは努めて、何でもない風に言葉を口にする。 「いま来た彼は、僕に気づいていない様だった」 「それはそう。クリムトは、私の頭の中にしかいないんだから」 「僕はここにいる」 我思う故に我ありだ。アコードはため息をついた。 「ならゴーストだね。まったく科学的ではないけれど」 クリムトはしゃがみ込むと、小池にたたえられた塩素の匂いがする水を手ですくった。 手が水に濡れて、ひんやりとした感覚。 「僕は水に触れている。僕の手から水のしたたり落ちるところを君は見た」 「……」 「これは僕の存在の照明にはならないかな」 「…初めに、神は物理法則を創られた。そしてエネルギーの塊から物質と反物質を創られた。物質の方がほんの少し多かった」 「同量の物質と反物質は消滅し合い、エネルギーに戻った。ほんの少し多かった物質が残った」 「世界のはじまりだ」 クリムトはアコードが何を言いたいのかわからず押し黙った。 「科学とオカルトは矛盾しない。科学は、現段階での説明不可能な現象に対しては否定も肯定もしないから」 2022/10/19 環境が落ち着いてきたんで更新再開。 ついにAIが絵を描いてくれるサービスを利用できる時代がきたらしい。 すごい時代になった。あと少しでこんな駄文読み込ませたらそれをAIが絵にしてくれるようになるんだろうな。 そもそも話もAIが作ってくれる。ようやく未来っぽい空気を斜陽の日本でも感じられた。 すべてAIに委ねるべきだと思うんだよ。不完全な人間がかじ取りをするのは危なすぎる。 ヒューマンエラーは絶対になくならないからね。 人間がかじ取りするより、AIがかじ取りした方がいいってずっと思ってたんだよ。 この漫画のオチも最後はAIが管理するユートピアになりましただからね。 AIが仕事をするようになれば余った人間は別のことができる。 田園回帰だよ。 若者よ体を鍛えておけ美しい心がたくましい体にからくも支えられる日がいつかは来る 要するにクリムトの実在についてはひとまず横に置いておくということだ。 それでいいとクリムトは思った。未知の霧が今もなお世界を覆っている。特にクリムトの世界などは、今だ我々で言うところ中世のまどろみの中にあった。 それも、千年続いた中世の、ほんの入り口辺りなのだ。地動説よりも天動説の方が論理の破綻がなく、信じられていた時代と同じレベルの文明度だ。 僕は何故ここにいる。クリムトは思った。おそらくはアコードの幼少期だ。 時間は過去から現在に向かって流れる川のようなものではないのか。 時間も空間も飛び越えて、何故僕はここにいる。 そういった諸々の疑問は、しかし未知に包まれて暮らすクリムトにとって、いつまでも頭を悩ますようなものではなかった。 未知とは全て天の、大いなる機構が動かす未だ解明されていない御業なのだ。 クリムトにとってはそれで十分だった。 二人は示し合わせたかのようにベンチまで歩いていき、少し間を開けて座りこんだ。木漏れ日がもれている。水の流れる音。時折聞こえる子供たちの声。 春を思わせる暖かな陽気に誘われて、クリムトは眠気を覚えた。 その眠気に逆らって体を伸ばす。ふと隣のアコードを見やると、手持ちの板切れを握りしめ食い入るように見つめている。 板切れには、真っ白な絵が表示されていた。 「それは何だい?」 クリムトの問いに、アコードは板切れから目を離すことなく答える。 「アイフォン40XX。数世代前の型落ち品だよ」 「その板切れの名前を聞いたんじゃないよ。その、板の……」 小さな板切れに、白い風景が投影されていた。 それは、画面に投影された一面の雪景色だった。 「ああ……これ? テックドックの風景動画だよ」 「雪で真っ白に染まった森に、白亜の城。なんだか幻想的だよね」 「ここは、完全にコントロールされた空間だから、暑さ寒さとは無縁で」 「だから、私は雪を見たことがないんだ」 「こうして映像を見て、知ってはいるけれど」 クリムトは、風景にではなく、板切れに映像を投影させるテクノロジーの方に驚いたのだが、 何もアコードの語りを邪魔する必要はないとして語るに任せることにした。 「雪が積もっていくところを見るのが好きなんだ。けがれた地表が、白一色に清められていくみたいで」 「何だかわかる気がする」 クリムトはアコードに迎合した。 「寒いと、身が引き締まるような心地がする。冷たい空気は、体を内側から清めていくようだ」 「冬の日の早朝なんかはとくに、世界が普段よりも清らかに見えるものさ。雪が降らずともね」 アコードは感心したように頷く。それからそわそわと足をぶらつかせ、次いで身を乗り出し、クリムトをその碧玉のような目でしっかりと見つめて言った。 「クリムトは、外の世界を知ってるんだね」 「雪を、見たことがある?」 アコードの声は期待で上ずっていた。その様子に、クリムトは微笑んで答えた。 「もちろん」 雪か、とクリムトは思った。 彼の母が間男とともに家を出ていったのは冬の、ある晴れた日のことだった。 降り積もった雪に日の光が乱反射して、眩しかった。今も覚えている。 母はついに一度も振り返らず去っていった。それ以降一度も会っていない。生きているかも知らない。 クリムトは降ってわいた感傷を振り払うとアコードに向き直った。 「新雪を踏みしめるとギュムって音がして、それがなかなか小気味良いんだ」 「ふんふん」 「まだ誰の足跡もない早朝の雪原を歩く。ふと振り返ると、自分の足跡がずっと続いているのが見える。これもまた楽しい」 「なるほど」 「歩いているうちに、小動物の足跡を発見することがある。それを辿っていくとその足跡は藪の中に消えていた。きっと狐か兎かだったんだろう」 「見つけるまで追いかけなかったの?」 「冬の獣はたとえ小動物でも近寄らない方がいい。飢えていて気が立っているし、普段より足場が安定していないから転んだりして危険だ」 「とくに降り積もって、時間が経ち、凍ってしまった雪は本当によく滑る。僕の知り合いも、それで転んで足の骨を折った」 「それそれ。そういう生の声を知りたかったんだ!」 アコードは大層喜んでいる。賢しらぶった顔ではない、年相応の子供の表情。それを見てクリムトはにっこりと微笑んだ。 ふいに幼子に懐かれた時の、優しい気持ちになっていく。 彼らはしばらく、雪の話をして過ごした。 そうして語ることも尽き、お互いの口数が少なくなった折、ふいにアコードが切り出した。 「よだかの星って絵本を知ってる?」 「いや……」 「そう。大昔に書かれた本でね、前に読んだんだ」 「よだかという、容姿の醜さからいじめられている鳥がいた。よだかはいつも惨めさを抱えて生きていた」 「その鳥が夜中に虫を食べる」 「……」 数秒の沈黙。話をまとめようと考えこんでいるというよりは、何か口に出すのにためらいがあるようにクリムトは感じられた。 何か大切なことを自分に語ろうとしている。クリムトは根気強くアコードの言葉を待つことにした。 アコードはたっぷり時間をかけて言葉を続けた。 「その時ふいに悲しみが襲ってくる。それは食物連鎖に捕らわれた、知性ある生物全てに共通する悲しみだ」 「ああ、かぶと虫や、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される」※ 「それがこんなにつらいのだ」※ 突如芝居がかった口調でアコードが朗々と語りだした。 おそらくは絵本の文を読み上げているのだろうとクリムトは思った。 一拍置いて、アコードは声のトーンを下げてつづけた。 「よだかはある時、星の世界へ飛び立って二度と戻ってこなかった」 子供に読み聞かせる絵本にしては、ずいぶん悲しい話だとクリムトは思った。 共同体から排斥される異分子。星の世界への旅立ちは死を連想させる。 「周りから排斥された悲しみが、食べ続けることの苦しみが、よだかを自殺に走らせた。これはただそれだけの話じゃない」 「作者はブッディストだった。この星の世界への旅立ちは、解脱を意味してるんだと思う」 「昇華して、よだかは救われたんだ。星の世界で」 「でも……、結局よだかの生きた世界に救いはなかった」 「時々思うんだ。生きることはとてつもなく苦しいことで、死ぬことでしか解放されないんじゃないかって」 「……他人と違っていることは、そんなに罪深いことなんだろうか」 「それは違う」 それは違うと、クリムトは大切なことなので二回言った。 そして、今こそ彼と本当の対話をする時なのだと悟った。 愛の教えは、まさにアコードのようなはぐれ者を救うためにあつらえられたドグマなのだから。 「醜い者や、周りから著しく違った者が排斥される。それは確かによくあることだ」 「それは本能に根差したものだから」 アコードの表情が愁いを帯びた。これもいきもののサガか・・・。とでも言いだしそうだ。 クリムトは気にせず言葉を続ける。 「よだかの辿った末路も、この世界の持つ残酷で醜い一面だ。でも、すべてではない」 言葉に力をこめる。 「世界は美しいよ。君の見ていた雪原の世界のように」 アコードは黙って下を向いていた。足のつま先辺りを、じっと見つめている。 クリムトは言葉を続ける。 「美しいものは何も自然の中にだけあるものじゃない。街並みや、人混みの中にもそれを見つけることはできる」 「人にだって」 「こころだよアコード。それを感じるのは、いつだって君のこころなんだ」 「わたしは悪くない!」 アコードがたまらず、語気を荒げた。怒りか悲しみか。感情が高ぶって体が戦慄いている。 掌が赤くなるほどに握りしめて、驚くほどの激情を身の内にため込んでいる。 遠くの集団から何人かが、こちらの様子を伺い、すぐに忘れて集団に埋没していく。 賢い子だとクリムトは思った。自分がこれから言おうとしていることを先読みして、激昂したのだ。 それでもクリムトは集団を指さしてきっぱりと言い放った。 「君のこころが、彼らを拒絶しているんだ」 「……」 沈黙。 どこからか生気のないヒヨドリの鳴き声が聞こえる。 ここは何もかもがそうだ。 たっぷりと240秒の沈黙を破ってクリムトは言葉を続ける。 「許すことだ。君に必要なのは、今、ここで皆を許すことなんだ」 「人は、一人では生きられないんだから」 アコードは何も言わない。 アコードは黙って下を向いていた。足のつま先辺りを、じっと見つめている。 クリムトは、もうそれ以上言葉を続けなかった。 言うべきことは言った。アコードは知性がある。クリムトの言外にこめられたものを、しっかりと受け取ることができる。 ヒヨドリが鳴いている。ここの植生を眺めている限り、彼らが好きな糖分を含んだ果実や花の蜜はなさそうだが……。 定期的に、一定の間隔で聞こえるヒヨドリの声を、クリムトは怪訝に思った。 小池の水は透明度が高く、水底まで見えるが生き物の姿を見つけることはできない。つんとした匂いが、そこから漂っている。 寒々しさを覚えて、クリムトは身震いした。不思議なことに木漏れ日からは、暖かみを感じない。 完全にコントロールされた空間。 その言葉の意味を、クリムトは遅まきながら理解した。 ここは、全てが管理されているのだ。富める者たちが、貧しき者たちを使って、己の庭園内に小さな世界を創るように。 ミニチュアの世界なのだ。何もかも人工物の。 「私は、彼らが許せない」 その時アコードが呟いた。クリムトは何も言わない。アコードがまだ何か言おうとしていることを察したからだ。 「だから、私はあそこに混じらない。彼らを許していないから」 アコードはせわしなく視線をあちこちにさまよわせ、両手を祈るように組んで、苛ただしげに擦り合わせた。 懊悩が表情に出る。強く目を瞑って、ついに項垂れてしまった。 「……許していないから一人でいる。自分の意思で、ひとりでいる……」 クリムトは黙っている。アコードが何を言いたいのか、今ので凡そ察しはついた。 乱世を渡り歩き、人々に愛の教えを説き続けたクリムトは、誰よりも人の内面を、心の動きを読むことに長けている。 だからずかずかと人のこころに土足で踏み込むような真似はしない。自分がされたら嫌な気持ちになるだろうから。 黙って待ち続けた。アコードの本音が口に出される瞬間を。 そして、クリムトが何もかも察してしまっていることを、自分が胸襟を開くのを待っていることを、聡いアコードも理解する。 取り繕おうとしていたこころの鎧がたちまち剥がれた。 アコードの手から力が抜けていき、膝の上に落ちる。 碧玉の瞳からぽろりと涙がひと粒零れ落ちた。 「……もし」 「もし、彼らを許したとして……何も変わらなかったら」 低くうめくように呟いた。 「私は、わ、わたしは」 「……最初は違ったんだ。わたしの周りにはみんながいて、た、楽しくやっていた」 「辛い課題や試験、き、緊張と緩和。みんながいるから乗り越えられた。でもピーキーが……」 「あれからすべてが狂っていって。い、いやなことから目を閉じて、耳をふさいでいたんだ」 「そしたら、ひとりになっちゃった」 とめどなく流れる涙。 クリムトは不意に、死別した最愛の友人を思い出した。 愛の国で出会い、対立し、親交を深め、再び対立し、死にわかれた。 クリムトの胸に飛来する悲しみ。人は、どんなに辛くても歩き続けなくてはならない。 歩みを止めた分だけ周囲は進んでいく。そうして残され孤立したのが、今のアコードなのだろう。 許す許さないは彼にとって都合の良い言い訳だったのだ。現実から目を背け、ひとりでいることへの。 「もう、戻れない」 「そんなことはない。彼らは君の目の届く範囲にいるじゃないか」 「生きてこの場にいる。なら戻れるさ。だって生きているんだからね」 「……わたしは、皆と違う。AIからも是正勧告が出ているんだ。その……」 「性自認のことだね。君は、こころが女性のものなんだ」 アコードは驚きに目を見開いた。瞳が零れ落ちるのではないかという勢いだ。 クリムトは、何だかカンニングしている気持ちになった。 既に知っていることを、秘匿していると思っている相手に突きつけることに後ろめたさを覚えた。