2022/12/28 「オラアアアアアアっ!」 ルコンは、自分の成長をステルメンに見せるようにいくつもの技を放つ。 キープアウ刀。 ミラージュソード。 疾風剣。 雷迅剣。 飛燕剣。 クロス飛燕。 天窮無限遠幻崩波。 ガゼルパンチ。 フォースウェーブ。 無限のフォースに物を言わせた技のひとつひとつが、すでにアコードを消し飛ばすほどの威力を持っている。 ルコンは我がことながらその事実に震撼した。この力、ふるいどころは選ばなくてはならないだろう。 無限の力。その力に、ステルメンは目を剥いた。 「強くなったな。あの幼子が」 感慨深げにステルメンが呟く。 かつての記憶。 ステルメンは、ドラグーンの力を振るって一国の軍勢を滅ぼした時のことを思い出す。 その戦場跡で、二人は出会った。 恐怖と緊張。それを凌駕する願いを目に力強く映して、幼ルコンは誰よりも強くなりたいと、力が欲しいとステルメンに言った。 あの日、神の山で、自分たちが乱世を終わらせる力を、超常の存在に願ったように。 遠い日の幻影を幼ルコンに重ねて、ついつい面倒を見てしまった。 その彼が、まさかこれほどまでに。 「さすがだね。ルコン君。私も負けていられないな」 丹田付近のチャクラを廻す。 廻して廻して、充分に練り上げたフォースを経絡を介して全身に行きわたらせ、身体を強化する。 この作業をステルメンクラスの達人は一瞬で終わらせる。 「そそそそそそそぃッ!」 からの恐ろしく速い刺突。 今の一瞬で7度突いた。 だというのに演舞を披露しているような流麗さがある。 途方もない功夫を積まなければ決して至れない境地。 彼が突きを放つ度に、アコードに風穴が開く。 突いて引き戻す。その動きがあまりにも速いのに、ステルメンはその場に静止しているかのように静謐さを保ったままだった。 ルコンは瞠目する。 自分は、出力こそ上がったが精緻な技量は、ついに身につかなかった。 「やっぱ先生はすげえ!」 ステルメンは、弟子の素直な賞賛に笑みで返すと二人して好き勝手に常夜の王を攻撃し始めた。 戦士達もそうでないものも二人に続く。 アコードは死者の魂を使って何度も復活する。 その際に漏れた魂が常世に復帰する。復帰した魂が、老若男女を問わず戦いに参加する。 アコードを加速的に追い詰めていっている。 それでも底はまだ見えない。ルコンは気味の悪さを覚えた。 一体どれほどの魂を吸収したのだろう。それに急に動かなくなったのもなんだか不気味だ。 クリムトが何か知っているようだが、攻撃を優先しろと言って駆けていってしまった。 今も率先垂範して、アコードにラッシュをかけている。 巨大な休火山を見ているようだ。足元に埋まっている莫大なエネルギーが今にも噴出するのではないかという不安がある。 (まあなるようになるか) 10億万土を踏破し、ブリンダーの木の幹に触れ、世界を思い描いた。 新世界の構想。大いなる諦観。 その経験がここにきてアンロックされたことで、鉄火場でもルコンに落ち着きを与えていた。 徐々に暗闇が晴れていく。あかねさす紫野。 アコードの終わりが近いと誰もが感じていたその時。 死せる射手が雑に射た矢が力場に阻まれてぽとりと落ちた。 ついで剣風が吹き荒れ、大戦斧が轟音をたてて次々と飛来する。 避けることもできなかった死者たちが、それに巻き込まれて吹き飛んだ。そのまま人の形を失って消えていく。 「アコード!」 ルコンは叫んだ。 それに応答するように、甲高い咆哮がしじまに響きわたった。 そのまま驚異的な高度まで跳び上がる。 「勝負だゲッツ!」 「私の願いとお前の望みッ! その熱量ッどちらが上ェ!?」 アコードが水弾を連射しながら叫んだ。 ルコンはミラージュソードを矢継ぎ早に展開して射出しながら叫び返す。 「非常にしつこい!」 「それが、私の強みだあああああああああああああ!」 なんとも気の抜ける応酬だったが、アコードの言葉にはとても説得力があるとルコンは思った。 なにせ46億年も雌伏雄飛を期してきたのだ。面構えが違う。 赤子から生えた巨人の一体。無貌の女巨人の顔が、いつの間にかアコードのものとなっている。 その顔は決意に満ちていた。 良い顔するじゃねえか。だが、とルコンは思った。 だが、俺だって途方もない体感時間をこころの世界で過ごしたのだ。諦めの悪さは負けちゃいない。 ルコンも決意を漲らせると咆哮を上げて駆けだした。 「はああああああああああああああ!!」 「うおおおおおおおおおおおおおお!!」 両雄、雄叫びをあげてひとつひとつが必殺の技をぶつけあう。 死せる水弾を、大戦斧を、剣風を四方にバラまきながらオーバーボディ「常夜の王」が迫る。 やはりこの手数の多さは脅威だ。一撃でも貰えば生者のみならず死者までもが消えてしまう。 自然ルコンが守るしかなくなる。 ついに連射力でアコードがルコンを一瞬上回った。 舌打ちをしつつ押し寄せる水弾から仲間を守るべく、ルコンが何とか風の膜を展開しようとしたその時。 突如大盾を持った歩兵隊が、ローマ軍団のように整然と隊列を組みながらルコン達の前面に展開した。 そのままルコン達を取り囲むように方陣を組む。 「遮蔽しろおおおお!ダイヤモンド!」 「ダイヤモンド!!!」 指揮官らしき男の号令に、伝令が、兵たちがドスの効いた声で復唱する。 ある者は盾を頭上に掲げ、ある者は横倒しにし、ある者は地に押し付け肩と足で挟むように固定した。 彼らは複雑な部隊行動をひとつの生き物のように統一された意思で流れるように断行すると全面をドームのように盾で遮蔽した。 「イートンの大盾隊ッ!」 誰かが叫んだ。 聖王国との戦争初期、すり潰されるように消えていった強者たち。彼らもまた戻ってきたのだ。 木に鉄板を張り付けただけの盾。しかし、それらは理力によって作られ彼らの強い意思によって鋼にも勝るものとなっている。 どんな攻撃だってはじき返して見せる。家族を守る。国を守る。部隊を守る。仲間を守る。友を守る。 その強い想いが、物理法則を無視した不可侵の領域を展開する。 アコードの波状攻撃が彼らの結界に激突した。 凄まじい衝撃。 ダイヤモンドの結界がみしりみしりと音を立て、崩壊していく。 大盾隊の戦士達が青筋を立てながら四肢に力を籠める。肩を盾に押し当てる。歯をむき出しにして取っ手を強く握りしめる。 前に突き出すように盾を押す。絶対に破らせないという強い意思を感じる。 それでもずるずるとアコードに押されている。 「崩れるっ!」 誰かが叫んだ。 「崩れない!」 ステルメンが断言する。 「この戦い、必要なのは強い武器や防具、ましてやフォースではない!」 「想いだ!こころから湧き出る強い想いが力となる!」 「何でもいい強く想え!」 ステルメンの檄に、大盾隊の指揮官が青筋を立てて力みながらもにやりと笑った。 そして部隊に叫ぶ。 「おっ俺達は何だ!」 「イートン王国軍第二旅団北部方面隊第一大盾部隊!」 「地上最硬の大盾隊!」 「軍の守護神!」 「便利屋の間違いだろ!」 彼らは般若のような顔をさらに歪めて笑った。 指揮官は笑いながら叫ぶ。 「跳ね返すぞおおお!もう二度とッ部隊は割らない!」 「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」 兵たちが応える。 「想いが力に変わるというのならッ仲間を」 「俺達の誓いを守れェエ!!!」 波状攻撃がついに途切れた。 だが、距離を詰めたアコードが最後の仕上げとばかりに結界に体当たりを敢行する。 その巨体による質量で一気に全てを押しつぶすつもりだ。 ダイヤモンドの結界からきらめく粒子が漏れていく。結界が、盾が、隊員たちが粒子と化していく。 砕け散る! ルコンがそれを防ごうと風の膜を展開しようとした時。 黄金に輝く鎧を纏った一団が轟音と共に駆け抜けて常夜の王の横っ腹に突っ込んだ。 理想的なタイミングだ。 「では手筈通りに」 「アルファ、ラジャ」 「ベータ、ラジャ」 「チャーリー、ラジャ」 「デルタ、ラジャ」 「エコー、ラジャ」 あれは聖王国の聖なんとかかんとか騎士団だ。 100人ほどの少勢ながら、その武力は世界一の呼び声高い。 先頭を駆けるのは通称ヴァルキリー。聖王国の雇われ兵にして最強と名高い女傑。 先の戦いでは総大将を務めたヴァルキリーのなんとか(名前忘れた……ミザリーだったかな)だ。 彼女らは異常なほどの練度で複雑な連携と軌道を介した高速戦闘を繰り広げている。 皆一様に超高度の文明兵器を所持しており、それを惜しげもなく使ってアコードを抑え込んでいる。 「ジャリジャリ、危ないから私の後ろに」 「僕だって戦えるよ!」 彼女の隣にはものすごい鷲鼻の中年がいる。ものすごい鷲鼻だ。そしてものすごい無呼吸連打だ。 「もう……」 「大体、僕らもう死んでるんだぜ!」 「それが良くわからないのよ。意識があって、感覚もある。こうして私が存続しているというのに……」 「何も難しい話じゃないよ。僕の中の炭素や水素はかつて宇宙を漂っていたんだ。もしかすると君の中にだって」 「だから生きることも死ぬことも大した違いじゃないのさ、そうだろ!」 「ジャリジャリは詩人ね……」 会話をしながらもその攻勢は止むことなく続く。 緊張と緩和。攻勢を阻まれて一瞬緩んだアコードが、その隙を突かれてなすすべもなく攻撃に晒されている。 ルコンは駆けだした。ステルメンも死者たちも続く。 ドスのガイアソードが、ジョンの剣技が、クリムトのアースラ心拳が、ステルメンの槍が、死者たちの猛攻が アコードを散々に打ち据える。 アコードはたまらず距離を取り、再び刃の風を、死せる水を、魔道の極致を、旋回する大戦斧を放とうとする。 その時刃の壁が突如発生してアコードを切り刻んだ。 ゆらりと陽炎のように現れた男が二振りの剣を粋に弄んでいる。 炎のように情熱的で、氷のように冷静な男。魔剣士ムサマンだ。 ムサマンはにやりと笑って、その瞬間大戦斧に潰される。 だが斧の下には何もない。 「それは残像……」 いや、残像ではない。突然だがこのムサマンという男。ナルシストである。 自分が好きすぎて、孤独に剣の道を究める自分が好きすぎて、ついに理力で自分の分身すら生んでしまった。 ドヤ顔でムサマンが空を舞う。アコードが迎撃に出した旋回する斧の群れを風に舞う葉のようにかわすと、円舞を踊るかのように軽やかで精妙な剣技を放つ。 名付けて円舞剣(そのまんま東落選) そこから、サウザントスタッブ、質量を持った残像(理力で作った分身)を射出し、タイミングを合わせての飛燕剣をお見舞いする。 シンプルに強い。病に冒されなければ、当世一の剣士だったかもしれない。 「加勢するぜ」 ジョンだ。ジョンはムサマンの3歩離れた隣で戦い始める。 ムサマンが突けばジョンがその隙をカバーし、ジョンが大上段から切り下げればムサマンが二刀で露払いをする。 即席のコンビとは思えないほどの連携で、まるで二人して踊っているようだ。 二人は一瞬お互いの顔を見て、気恥ずかし気に笑った。 すぐに意識を戦いに戻す。緊張と緩和。 「まいったな。剣の腕なら私が一番だと思っていたんだが」 嬉し気にムサマンが呟く。 「俺もだ。世界は広い……」 ジョンが返すとムサマンがドヤ顔で 「それに気づくとは……やはり天才」 キリがない。ジョンは聞こえない風を装った。 アコードはこの、必殺の一撃をもつ剣士たちに意識のいくらかを差し向けねばならなくなった。 ここを起点にして、戦士たちは態勢を立て直し、アコードとの距離を詰める。 隙をついて、ルコンは赤子の上に飛び乗った。 迎撃せんとするイアハの剣を避け、弾き、リズミガンの魔道をいなしながら、レギオンの下へ駆ける。 レギオンが口から炎を吐いた。自らを焼きながらルコンを排除しようとする。 それをルコンは風の膜で防いだ。 (レギオン……いや) 「父さん! あんたの躯を今っ取り戻す!」 大戦斧が空を旋回しながらルコンの背後へと迫る。それをいつの間にかルコンの隣にいたステルメンが竿で叩き落とす。 「背中は任せたまえ」 目礼し、ルコンは視た。 アコードと死のイデアと呼ばれるものと溶け合うように結びついているのを。 そしてアコードから伸びる3つのライン。 そのひとつが、ボトムを雁字搦めにしているのを。 (断ち切る。すべてを断つこの剣で!) 父との思い出。美しいものもそうでないものも、ただ過ぎていった。日々の想い。 今ならできるという確信があった。 (無想……) 父と再会した名もなき盆地。失った右手。 想いがマロウドの剣に乗る。 今はもうない故郷の風景が、田園を歩く、手斧を腰に下げた父の姿が脳裏をよぎる。 想いがマロウドの剣に乗る。 父と星を見た夜。星の名前を知らなかった父。 想いがマロウドの剣に乗る。 猪に襲われた自分。猪を狩ってきた父。猪肉の旨味。 想いがマロウドの剣に乗る。 台風の夜、死んだ父。自分は泣かなかった。どこかで父が生きているような気がした。 想いがマロウドの剣に乗る。 ここで、父と本音で語り合った。相互理解と別れ。 充分な想いがマロウドの剣に乗った。 (……使える) ーエクセレント。ユーはついに至った。パワーオブラヴの極致に^^− 懐かしい声が聞こえた気がして、ルコンは戦闘中にも関わらず笑みを浮かべる。 そして。 (……剣生) 澄み切った金属音。そして。 「ぐあああっ!!」 激痛に顔を歪めて叫ぶアコード。 魂のつながりを断ち切った。 ボトムの巨体が、崩れていく。 巨人の乾いたガラス玉のような眼が、一瞬理性の色を宿す。 その巨大な手には不釣り合いな大きさの手斧を理力で作りだすと力尽き、灰になって崩れ落ちた。 まるでそれこそが自分の生きた証だと言わんばかりに。 別れはもう済ませている。ルコンは振り返らなかった。 残る3体も同じように切り離そうとする。 「それ以上やらせるかああああああああああああ!」 アコードが怒髪天を衝く勢いで絶叫すると、体を横倒しにして転がりルコン達を体の上から振り落とす。 なりふり構わず手足をばたつかせて戦士達を寄せ付けない。そうしてなんとか距離を取り態勢を立て直す。 「ハァっハハァ〜……まっ負けるかここまできて!」 アコードの目は餓狼のようにギラついている。追い詰められそれでも少しも衰えぬ闘志。 なんという熱だ。こじらせた人間のいびつな情熱。これは手に負えない。 そのまま茜色に染まる大地でにらみ合う。 次のフェーズでおおよその大勢が決まるという確信が両者ともにあった。 2023/1/5 マロウドの剣を愛の想念が覆う。 ルコンが夢想剣生を纏った。ジョンの大正義剣ニチダイサンコー、ムサマンの魔剣サンボもそれに続く。 ヴァルキリー達の荷電粒子砲がチャージを始める。 ステルメンの頭頂部が控えめに輝いた。 アコードは周囲を6つの目で見まわす。ルコンが、ドスが、ジョンが、クリムトが、死者たちが自分を取り囲んでいる。 四面楚歌というやつだ。アコードは何だかしんみりとしてしまった。 大魔法たる永劫回帰はもう使えない。ガリとの戦いで大判振る舞いしすぎた。 あれは麻薬のようなものだ、中毒性がある。失敗を帳消しにする代わりに自分を失っていく。 その結果がさっきまでの自分だ。あれでは本末転倒ではないかとアコードは思う。 じっと自分の体を見る。 (女の体……。まったく、永劫回帰は、自分の芯すら虫食いにしてしまうのだな) (生まれ持った体と、この「こころ」こそを私は大事にしてきたのに……) あの狂奔は死のイデアの影響か、それとも永劫回帰の副作用によるものだったのか。 アコードにはわからない。 (永劫回帰を使うのは後一度。あの時に戻るときだけだ……) (だが、果たして永劫回帰の情報揮発に私が耐えられるか……) (無限のフォースを以てしても……) (……) アコードにはもう、常世をたゆたう魂たちを吸収するだけのキャパシティがない。 既に借りれるだけ借りてしまったのだ。清算の時は刻一刻と迫っている。 アコードとルコン達は50メートルほどの距離を挟んでにらみ合っている。 どちらも一息で詰められる距離だ。アコードが、こんなぼんやりとしているのは致命的な隙なのだが。 先ほどとはうって変わって静寂が場を支配していた。 アコードがいっそ寂しくなるほどに。 (一人だ……) 孤独だった。 アコードは自分を憐れんだ。 遠い昔、映像で見た白銀の世界がふと脳裏をよぎる。 アコードは幻想の寒さにぶるりと震えた。大盾を構えた兵たちの隙間から、ルコンが立っているのが見えた。 アコードはしげしげとルコンを眺める。 (ゲッツ。お前の思い描く新世界はどんなものだ? そこに……) (そこに、私みたいなやつの席はあるのか……?) ルコンの表情からは感情が読めない。じっとアコードを見つめている。 その眼はアコードに、リフレーンを想起させた。 (リフレーン……、私はお前に誘導されていた。この窮地も、お前が作り出したものなのか) 不思議と恨む気持ちは湧いてこない。その事にアコードは困惑する。 或いは、この感情もリフレーンにコントロールされているのだろうか。 今考えても詮無い事だけれど。 アコードは思った。 その時、逸った死せる射手がコンポジットボウから矢を放ってアコードを貫いた。名もなき魂が身代わりとなる。 それにつられてまばらに射られる矢。アコードは益体もない思考を打ち切ると、重水のカーテンを展開、矢を流し落とすと まなじりをきりりと釣り上げた。 ため込んだ魂を利用して莫大なフォースを練り上げる。 何も変わりはしない。一人で戦い、一人で勝利する。それだけだ。 アコードは努めて強がると、弱気の虫を払った。 赤子が大きく息を吸い込む。 風の巫女のオーバーボディすら葬った腐食の息吹を、今まさに放とうとしているのだ。 (この息吹に私のありったけを込めて) (……あとは天意に任せるとしよう) 赤子が口を開ける。ゲップのような低く響く音。 その後に、死が吹き荒れた。 ルコンは既に理力の鞘を作り出し、居合の構えを取っていた。 青い気流と紫電。いつものやつだ。 「無想剣生プラス飛燕剣」 イーストエンドプラスユリみたいなことを言っているが、これが作中最強の必殺技である。 剣士の究極奥義に神羅万象を断つ想念を添えて。 吹き荒れる死を前に、ルコンは防御を捨てた。だが。 (……エネルギーが少し足りない?奴の執念が、無限のフォースを上回る!?) ルコンの直感が、アコードの方に軍配を上げる。 ありえない。天井知らずのフォースで放つ、神羅万象すら断ち切るはずの概念を纏った一撃が。 だが、このままでは負ける。 焦りに背中を濡らす。そこに割って入る黄金の翼人。 「パパ!ルコンッ!」 鳥か。飛行機か。 いや、ベナレノだ。 ガリの末娘。 神の杖の手で理性のない醜い芋虫に変えられ、ルコンの手で旅立った鳥人間のベナレノが この窮地に駆けつけてくれたのだ。 「私の魂のエネルジーを使って!」 言うやベナレノは黄金の粒子となってマロウドの剣を黄金色に染める。 これで互角。いや、わずかに上回ったか? ルコンはベナレノにこころで謝意を告げると、再び明鏡止水の境地に入った。 波ひとつない鏡面。 凪の静寂。 そこに滴がひとつ垂れ、波が生まれる。 ルコンは、ハッとして次の瞬間雷光の速さで剣を抜いた。 (この一撃に全てを賭ける!) 「貫けェエエ(;゚Д゚)!!! 黄金の飛燕と青白く発光するガスが衝突してスパークする。 目のくらむ閃光。瞬き、消えた。 幕間(GT冒頭) リフレーンは能面のような顔を驚愕に歪めて立ち尽くしていた。壺の中で。 壺と言っても統一教会の、大理石になんかよくわからない龍みたいなのが彫られた壺のことではない。 海賊ギルドの高速隠密船。通称壺のことである。その一室。リフレーンと男のプライベートな空間。 部屋の中央には、天井を貫く透明な円柱があり、その中に背中に翼を生やした女性の像が置かれている。 男はリフレーンに背を向けて虚空を見上げている。その男にリフレーンは大粒の汗を流しながら声をかける。 「キャプテン……どうして」 くすんだ金髪。 右目を眼帯で覆う、茶色の革ジャンに青色のケミカルジーンズを履いた男。 この男こそが帝国に牙をむく海賊ギルドの王。キャプテン・ハローワークだ。 キャプテンハーロックのダジャレだ。当時は面白いと思っていた。夜中、くすくす笑ったりもした。 ハローワークは返事を返さない。 「こんなに、こんなに尽くしているのに……どうして」 「どうしてなのハローワーク……」 ハローワークは答えない。虚空を眺めてぼうっとしている。 その顔からは知性を感じられない。 口元からはだらだらとよだれを垂らしている。 リフレーンの思考回路がかちりと切り替わった。 「どうして永劫回帰を勝手に使ったんだ……!」 口調が女言葉から在日インド人2世の人格に移る。 「バカヤロウ……!バカヤロウ!! あと少しで、あと少しだったのに……」 「ヒューマニズムか!?くだらない感傷に引っ張られたか!?」 「気が遠くなる年月をかけてお前を探し出した……」 「あと少し……あと少しでお前をこの次元から引っ張り上げてやれたのに……」 「こ、この三次元の牢獄から……」 すべてはリフレーンの書いたシナリオ通りに進んでいた。 ガリを下したアコードが神の器を呑み込み、閃熱の巨龍と戦う。 戦いの結果などどうでもいい。必要なのは完全なるEGGだ。新世界の卵だ。 EGGが、ブラックホールの中に発生したここ3次元の泡沫宇宙から4次元宇宙へ回帰する唯一の手段だった。 この状況を作るのにどれだけの時をかけただろう。 それは、膨大な情報群から「意味」を見出す力に長けたリフレーンでも辛い作業だった。 それでも砂漠の中から砂ひと粒だけをより分けるようにして、リフレーンはハローワークを探し出しつまみ上げた。 ハローワークこそがかつてリフレインと永遠の愛を契約した男だったからだ。 気が付けばいくつもの人格が生じていた。リフレーンは気分によって自由に人格を切り替えた。 海賊ギルドというのはリフレーンの人格のひとつが、悪乗りして造った組織だ。 それはまさしく狂人の仕草だったが、彼女の根底にある目的は一致していた。 男をこの次元から引き上げ、4次元宇宙で待つ「リフレイン」と再会させる。 「私がどれだけ……どれだけ」 もう限界だった。 リフレーンは鏡面のように磨き上げられた床に伏して体を九の字に折り曲げておいおい泣き始めた。 子供のように泣いた。 ハローワークは虚空を見上げている。 視線の先には天使の像があった。 ハローワークは呟いた。 「べなれの……」